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『acteur』より、座長!市原隼人②

さて、また続きいってみます
何度読んでもいい
どんどん市原隼人くんが好きになってしまうから

記事はすべて転載したわけではないです、私がとても印象深かったところだけ
あ~、ここ好き!ってところだけ拾い出してみました。
気になった方は是非、書店で確認してみてくださいね(笑)




≪ライブ感を大事にする≫

台本を見ると、そのシーンの最後の行には、サルのコミカルな動きが指示されていた。
〈サル未来に見向かって走る〉
感情の高ぶりを、走ることで表現するというものだった。ところがサルは走らなかった。
逆にカメラの前で、サルはとてもナイーブな表情を見せた。今までと違う、サルがそこにいた。

急な変更だったのだろう

でも、「こんなのサルっぽくない」という違和感はない、おバカにはじけなくても、サルはサルだった。

あとで市原に聞くと、「前田監督は、結構、現場で台本を変えるんですよ。
でも、そのほうがライブ感がでて面白いんです。
サルの溢れ出る感情がチャーミングに表現できることであれば、どんな動きでもやりますよ」と、てんでへっちゃらな表情で答えた。

今回「市原隼人のナチュラルな魅力を引き出せる監督」として白羽の矢が立った前田監督。
カメラマンと共に飄々と現場を動き回り、市原ののびのびした動きを奥行き深くカメラに収めている。

手持ち撮影も多用しているカメラマンに「追いかけてこいよ」と挑発するように、ニコニコ、ヒョイヒョイ動き回る市原。渡部がテスト撮影するたびに繰り出してくるアドリブも楽しいのだと嬉しそうだ。

一方で、カットがかかるたび、食い入るように、モニターの中の自分の芝居を確認するその横顔はサルが鍵を真剣に開けている顔にも似ているようで、ちょっと違っているようにも見えた。


市原隼人は。市原イコール・サルという雰囲気すらも演じているのではないだろうか?
次第にそんな気持ちがもたげてきた。




≪本番までの時間こそが芝居場≫

「サルだから、頭から前のめりに歩いていく感じにしています」
「サルは、野生的なキャラクターにしたいと思いました」
「サルはどんなことがあってもいつも笑っているようにしたいんです」
「テンションを高いところから落とすよりも、低いところから急に上げるほうが難しい。だからテンションの高いサルを演じる時は、高いところでキープするように心がけています」

市原隼人が演技プランを語った。
素のままでいるだけじゃない。すべて自覚的だったのだ。

改めて振り返ってみると、市原隼人がこれまで演じてどの役も、市原隼人自身なのではないか?
と思えていたことに気づく。
「リリイ・シュシュのすべて」の鬱屈した中学生、
「虹の女神」で、快活な同級生の女性をまぶしそうに見つめている大学生、
「天使の卵」で年上の女性をせいいっぱい包み込もうとする美大志望の青年、
「ROOKIES卒業」でちょっと斜に構えながらも野球と仲間を愛している感情が見えてしまう高校生などなど、
どの人物も、スクリーンの中で瑞々しく生きていた。

これらの作品がみな、日常を描いているからだということでは片付けられない。
「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」や「神様のパズル」など、CGを多用したSF的な世界の中でも、ありえない状況に本気で驚き戸惑っている役の姿が、真に迫って見える。

どの役も、その人物のかすかな心の震えまでもが、見ているこちらまで、さざ波のようにジワジワと寄せてくる。
直球ストレートの力技ではなく、徐々に浸透させることで、ドラマチックさが増す。
なんて高度な技術者なのだろうか。


しかし、市原は言った。

「ぼくは芝居がヘタなので、時間をかけないといけないんです」

たくさんいる俳優たちの中には、カメラの前に立った瞬間、役の表情に切り替わる者もいる。
しかし、市原のやり方は、カメラの外の時間と心までも役に与えることだった。

「動きと動きの中間が、僕、好きなんです。笑ってから芝居してみるか、走って芝居してみるか、黙ってから芝居してみるか、カメラ前の立ち位置にいくまでの動きで、気持ちが変わるんですよ。本番までのフリーな時間が一番の芝居場なんです」

つまり、市原は役の断片を演じているのではなく、ずっと、つながった役の「生」を演じている。
カメラの中で動いている役は、いつも、その役の人生の「途中」だ。

「ナチュラルでいたいんです。できるだけ人間臭くいたい。すべて嘘に見えないように、たまたま歩いている人を、カメラで抑えただけのような自然な動きになればいいなって思います」

だからなのか、現場の合間に取材を入れることを嫌う。
彼は、合間も芝居を続けているのだから当然だ。


「でも、いざ、取材日となったら、丸1日、取材が10を越える媒体が入っても、テンションを変えることなくしゃべり続けてくれるんですよ」と宣伝スタッフは市原に信頼を寄せている。



≪自由に演じたデビュー作≫

映画用に切り取った花ではないから、いつも瑞々しい。
写真ではなくてフィルムの中に生きる方法を知っている、きわめて映画的な俳優・市原隼人


最初の演技との出会いから特別だった。
中学生のとき、大作「リリイ・シュシュのすべて」の主人公となった。

監督は、90年代後半からヒット作を次々発表して、映画界のカリスマとなっていた岩井俊二。

当時の市原は、台本に書いてあるセリフを器用になぞることを知らなかったので、のびのびと思うままに振舞っていた。
それを岩井が台本に生かし、見事に映画として昇華した。
そういう体験が、本番までの時間も芝居を作る大事な時間なのだと、思わせたのだろう。


20091121img008.jpg


確かに、市原くんは岩井映画の中では一段と瑞々しさを増す
そんなふうに私もずっと思ってました。
監督は違うけれど、熊澤監督もそうですし
「虹の女神」は市原くんのよさを十分引き出してくださいましたもね

今回の映画版「猿ロック」の前田監督もそういう映画がお得意のような方なので
とても楽しみです。


記事はまだ続いております。
あと1回で終われるかな?



もしよろしければ、また・・・(笑)






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コメント

まだ本屋さんに行けてないので、こちらで拝見でき、ありがたいです。

ホントにいっちの魅力がよくわかってらっしゃるライターさんですね。

「そうそう、そうなのよ!」と心の中で思いながら読みました。

続き、楽しみにしていますね。
全8ページで写真と記事がびっしりでしたね
久しぶりに読み応え 見ごたえのあった雑誌でした。
今回は即買(笑)

最近 市原君が芝居が下手と言っているのが
気になるのですが・・・
どう思います?

RICKさん♪
もう少しで終わりますからね、待ってたください

もう何度でも読みたくなりますよ!
mさん♪
演技が下手って言うのは、その言葉、そのまま取らなくてもいいんじゃないかと

演技のうまい人といわれる人は、数え切れないほどいるわけで、でもそれって好き嫌いもあるわけで

私個人としては、市原くんがいつもいうように、演技に正解、不正解がないって言葉が一番しっくり来るんですよね。

監督によっても演技がそのまま監督の言うとおりに変えられてしまうことだってあるわけだし

この記事にもあるように、一瞬でその役に入れてしまう役者さんに対して、市原くんはじっくり、その役を作りこんでいくというところに、自分の不器用さを感じてるのかも

私は市原くんの演技は好きです
独特なものはあるけど、それでその世界に一瞬に引き込まれますから、
今度は何をしてくれるかと、いつもワクワクしながら観てますよ
「下手」 という件なのですが

今までそんな言葉は使わなかったし
芝居に対して自分の中で何か変化があったのかな?
と少し思ったので。

mさん♪
やっぱり転機はROOKIES?
大きな刺激を受けたことは間違いないとおもいます。

演技のうまい人が多かったですものね

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